車椅子は「歩けなくなってから使うもの」とは限りません。本記事では、導入のタイミングや判断基準、実際の支援事例をもとに、本人の困りに寄り添った考え方をわかりやすく解説します。
今回の記事は、年齢とともに身体が弱くなってくるなどして車椅子を使い始める際におさえておきたいことについてのお話しをしたと思います。
以前、私がお世話になっていた方にダウン症の利用者さんがいらっしゃいました。
一般的に、ダウン症の方は軽~中程度の知的障害を持つことが多いと言われていますが、彼は重度ないし最重度の知的障害を持っている方でした。
彼は、「あ~」や「う~」などの発生はあるものの、言葉を話してコミュニケーション(意思疎通)を行うことはありませんでした。しかし、家族や支援者など周囲の方々が話していることはある程度理解されているようでした。また、ダウン症の特性上、言語(バーバル)コミュニケーションよりも、ジェスチャーや写真カードなど、実際に目で見て分かるようなコミュニケーション方法(ノンバーバルコミュニケーション)が伝わりやすいというものがあり、その方も同じく視覚的なツールの方が得意なようでした。彼は、思っていることを指差しで伝えたり、支援者の手を取って目的の場所まで連れて行ったりとされて伝えていました。
普段の彼は、部屋の中を自由に歩き回ったり、周囲の人達とスキンシップを求めに行ったりする愛嬌のある一面もあり、一日のほとんどを活発に過ごされていました。イベントに参加した日の夜や、翌日にイベントがあることが分かっていると、一睡もしないことも多々ありました。
しかし、年齢が50歳を超えた頃から、これまで活発だった動きがガクンとゆっくりになってきました。日課としている買い物に行く道中で座り込んでしまうなんてことも増えていました。コロナ禍で外出の機会が少なくなったことも相まったのかもしれません。
ダウン症の方の特性に「こだわり」というものがあります。
一日のやることを明確にイメージしており、やることをタスクとして認識していると考えられています(タスク完了型)。そして、それらのタスクが順番通りにクリアしていかないと強い不安感を覚えてしまいます。
※ダウン症の解説はこちらに詳しく書いていますので参考までにご覧ください。
しかし、そのような心の事情があるにも関わらず、肝心の買い物に行く身体はついてきません。よほどのことがない限り、本人には諦めるという選択肢はないため、身体にムチを打つようになんとか目的の場所まで辿り着きます。まるで山の頂上を目指して歩いているような、マラソンをしているような、満身創痍と言ってもいいくらいのご様子でした。
本人としては、タスクを完了しなければならないのに、そのハードルがぐんと上がってしまっている状況です。歩くことにも自信をなくしているようなご様子でした。そこには強い不安感だけが残ってしまうという状況が生まれます。
そのような本人のご様子があったため、支援者で話し合い、車椅子を提案することにしました。
予測通り、支援者からは反対の声いくつか上がりました。
反対の意見として挙がったものには以下のようなものがありました。
「車椅子を使ったらもっと歩けなくなってくるのではないか」
「本人が車椅子にこだわってしまうのではないか」
これまでの本人を知っている方々としてはもっともな意見だと感じます。
ですが、今の問題の本質は、
「今、”本人”は何に一番困っているのか?」
です。
問題の要点は以下です。
・本人はダウン症ゆえにタスク完了型の特性があり、それがクリア出来ないと強い不安に繋がると考えられること
・年齢を重ねた本人が歩くこと自体に自信をなくしていると考えられること
・生活動作を全部車椅子にする必要はなく、買い物に行くときは車椅子を使うなど、支援者が生活パターンの構造化を図ること
これらは本人の日々の様子から抽出したアセスメントと呼ばれるものです。
※構造化については自閉症とTEACCHプログラムの記事でお話ししています。
そのため、まずはお試しで使ってみて、本人も望まれているようだったら本格的に導入しようという方向になりました。
実際に本人に、目的の場所まで車椅子に乗っていくかを尋ねました。すると、流れるように車椅子に座られていました。そして、車椅子で目的の場所まで行く際、これまで抑えていた気持ちが溢れるように声を出して涙を流される様子がありました。
それからは、車椅子に乗って目的の場所まで行くことが定着し、生活の中で車椅子を使うタイミングも区別しているようでした。以前見られていたような満身創痍の姿はなく、とても穏やかなご様子です。
一般的にダウン症の方は、生まれた時から心臓が弱く、突然死のリスクも高いと言われてもいます。なので、心拍数を無理に上げてしまうのも控える必要があります。
さいごに、本人からの行動は必ずしも本人が「やりたいこと」「望んでいること」とは限りません。
その行動は「そうせざるを得なかったから」ということも十分に考えられます。
なぜその行動をしたのかという背景に目を向けていくことが大切です。
支援者は「本人が本当に望んでいるであろうこと」を考えていく必要があります。
本人の表現だからといってすべてを許容するのは大事なことを見落としてしまうこともあります。
日々の様子を観察し、記録に残し、それらをもとに本人が本人らしく暮らしていくために支援を考え続けていくということが大切です。
