この記事は、私の友人の長嶺光起(みつき)さんが理学療法士(PT)として実際に回復期病院で働いた経験をもとに、仕事内容のやりがいや現実、そして、医療やリハビリだけでは解決できない壁について語って頂いた内容を整理したものです。理学療法士を目指している方や、医療・福祉の現場で悩んでいる方に向けた内容です。
もくじ
はじめに
理学療法士(PT)という仕事に、どんなイメージを持っていますか?
「ケガを治す人」
「リハビリをする専門職」
「病院で運動を教える人」
多くの人が、そんな印象を持っているかもしれません。
今回の記事では、
故郷の沖縄を離れ、理学療法士として4年半、大阪での現場に立ち続けた長嶺光起さんの体験談をもとに、
PTという仕事のリアルなやりがいと、それと同時に感じたどうしても越えられない壁について掘り下げていきます。
理学療法士を目指した理由 自分のケガとリハビリ経験が原点だった

光起さんが理学療法士という仕事を意識したのは、高校時代。
進路を考える中でふと思い出したのが、中学生の頃、サッカー中に肘を脱臼し、リハビリを受けた経験でした。
当時は「理学療法士」という名前すら知らなかったそうです。
ただ、
ケガをした身体が 少しずつ動くようになり、元の生活に近づいていく
その時のことが、理学療法士という仕事を身近に感じる原体験だったといいます。
高校時代には、部活動に帯同する理学療法士の存在も身近になり、「この仕事を目指そう」と決意しました。
理学療法士養成校(専門学校)で学んだことと現場で感じたギャップ
高校卒業後の進学先は、県内の理学療法士養成校(専門学校)。
沖縄県南部にある医療法人 おもと会 沖縄リハビリテーション福祉学院で
解剖学・運動学・生理学などの人体の基礎を徹底的に学ぶ日々。
もちろん実習もありましたが、
学生時代はどうしても座学中心になります。
光起さん自身もこう振り返ります。
教科書通りの知識は大事だけど、実際の現場では、原因が一つだけってことはほとんどない。
人の身体は、生活背景・心理状態・環境など、さまざまな要因が複雑に絡み合って成り立っています。
この「現場とのギャップ」は、多くの福祉・医療職が最初にぶつかる壁かもしれません。
理学療法士として成長するために沖縄を離れ大阪就職を選んだ理由

就職先として光起さんが選んだのは、地元の沖縄ではなく大阪。
その理由として、次のような点を挙げています。
・県外、特に都心の方が情報量が多い
・勉強会や研修の選択肢が多い
・資格を取ってからが本当のスタート
理学療法士という仕事を、
一生の専門職として磨いていきたい
その思いが、県外就職を後押ししました。
理学療法士1年目で痛感した周囲のレベルの高さと現実
リハビリ施設がある大阪の病院に就職し、最初に感じたのはスピード感。
・会話のテンポ
・判断の速さ
・求められる知識量
同期には、明確なビジョンを持つ人や、それに向けて弛まず努力をしている人を見て、劣等感を感じることもあったといいます。
しかしその環境が、光起さんを大きく成長させました。
・勤務外で勉強会に参加
・スポーツ現場への帯同
・先輩について現場を学ぶ
「受け身ではなく能動的に学ぶ姿勢」が、特にこの1年で身についたそうです。
回復期病院での勤務経験が理学療法士としての価値観を変えた

1年目の研修の中で、整形外科中心の病院と、回復期病院の両方を経験しました。
※リハビリ期には大きく分けて、急性期、回復期、維持期(生活期)の3段階があります。回復期は、病気やケガの直後を乗り越え、日常生活への復帰を目指す重要な時期とされています。
当初はスポーツ分野志向だった光起さんでしたが、回復期病院での経験がそれまでの考え方を大きく変えることとなりました。
回復期では、
・脳卒中
・高齢者
・生活そのものが一変した人
そうした方々と向き合う日々が続きます。
回復期リハビリで直面したモチベーションが低い患者さんの現実
回復期病院では、リハビリへのモチベーションが低い人も少なくありません。
・病気をまだ受け入れられない
・障害受容ができていない
・将来が見えず気力が湧かない
中には、自殺願望を口にする患者さんもいました。
身体は回復していくのに、人生の希望が見えない。
この現実は、光起さんにとって大きな衝撃でした。
理学療法士が感じたリハビリの力とどうしても越えられない壁

光起さんが現場で強く感じたこと。
それは、
リハビリは、身体を良くする力はある。でも、人生そのものを良くできるとは限らない。
たとえば、
身体機能は回復したけれど、独身や一人暮らし、経済的な不安が消えない
そんな状況下では、
回復後の人生がむしろ重くのしかかることもあります。
ここには、医療やリハビリだけでは超えられない壁がありました。
病気は本当に不幸なのか? リハビリ現場で見えた人生の分かれ道
一方で、別の現場もありました。
・家族のサポートが手厚い
・経済的な不安が少ない
・病気をきっかけに家族の関係が深まる
そのため、
「病気になること=不幸」ではない。
という気づきがありました。
環境や支えによって、その後の人生の形は大きく変わる。これは、福祉という分野全体にも通じる視点です。
理学療法士(PT)の仕事はきつい?現場を通して見えた本当の価値
光起さんは、理学療法士という仕事を「嫌いになって辞めたわけではない」と語ります。
むしろ、
・確実に救われている人がいる仕事
・AIでは代替できない人対人の仕事
だと、今でも強く感じているそうです。
ただ同時に、
・お金
・制度 ※障害者福祉制度の記事はこちら
・社会の仕組み
そうした部分に踏み込まなければ、本当の意味で人の人生を支えることはできない。
その気づきが、新たなステップへ進むきっかけとなりました。
おわりに

いかがだったでしょうか?
理学療法士という仕事を通じて、
人の人生に深く関わり、それと同時に壁も感じてきた。
それでも、この仕事には、
誰かの「もう一度生きようとする力」を支える大切な役割があります。
この記事が、
・理学療法士を目指す人
・福祉、医療の現場で悩んでいる人
・支援を受ける側の立場にある人
それぞれにとって、何かを考えるきっかけになれれば幸いです。
そして今回、インタビューを快く引き受けてくださった長嶺光起さん、ありがとうございました。
理学療法士での経験を経て、現在はライフプランナーという人生設計(ライフプラン)の仕事に携わっている光起さん。
続編として今後、現在の仕事についてもインタビューして、その記事を投稿してみたいと考えております。